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若き日の出会い。


       若き日の出会い。
    霊的開眼、覚醒、回心、誕生。


 


 人は、大芸術家・大宗教家の神人・真人の作品との、痛切で運命的で決定的な出会いがあって、初めて開眼し、真実の世界に生まれかわる。
 新たな霊的な誕生である。
 宗教では回心という。(佛教ではエシン、キリスト教ではカイシンとよぶ)
 開眼なき者は霊性的に盲人である。いたずらに地上の動物性の年令を重ねるに過ぎない。
 未だ信仰がない不安な己が、絶対の信仰を切実に求めて、身をあがき苦しむことである。
 俗世間の目的意識をすっかり捨て、その日その瞬間を必死で生きることである。
 精神的放浪の孤独な若き時代に、絶対に信じ切る人に出会うことである。
 自分よりはるかに純粋で霊的で峻厳で気高く高貴で慈悲深い人に出会うことである。
 自分の頭脳の意識がすっかり一新するような、強烈な感動を受け、無我になり、唯信じ、感謝して、他人に知られず独りで祈る(合掌する)人—拝まれる人—に出会うことである。
 それは永遠不滅の生命であり、光明であり、精神であり、霊であり、慈悲・愛である。真理であり、佛(神といっても同じ)である。
 生涯の師である大天才の真実の人に出会えた人には、虚偽の人生の出世栄達や財産や、束の間の快楽や幸福は必要ではない。
 もはや世間や他人の賞讃や非難に動じぬ人間である。


 眼のあたり先師を見る これ人に逢ふなり

                    道元   正法眼蔵

       

              1955年(20歳頃)
              1975年(40歳頃)改稿

 
 
 
 
 
 

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