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古代から近代のアジア…

 

古代から近代のアジア——インド、南アジア、中国等
東アジア、日本——の哲学、宗教思想と文化、芸術の交流についての断章。

 

 中国は四書、五経の国であり、五常、五倫の平常道を重んじる。先祖と父母を尊崇する。中国は孔子や孟子等の儒教の普遍的超越性をもつ「天」の仁(人を愛する心)、礼、義、徳と、同じく老子や荘子等の道教の「自然」の道、愛と徳と、インドから来た釈迦の佛教の「法」の智慧、慈悲によって心を支えられ、癒されてきた。

 

 中国の文化は、大地を離れず現実性、実際性、実証性をもっている。実義と利用厚生を理想とする。

 

 後漢時代から三国、西晋、五胡十六国、劉宋、北魏、南斉、梁、東魏、西魏、北斉、北周、隋、唐、五代、宋、西夏、元時代に至るまで、佛教美術のモニュメンタルな傑作は数多くある。その中でも北魏の佛像は清浄な気品と精神性において世界最高級の芸術作品である。

 

 唐時代の詩の王維、孟浩然、崔国輔、王昌齢、杜甫、李白、常建、張若虚、岑參、耿湋等の巨匠達の名作の中でも、特に李白と杜甫の作品は人類が創造した最大最高級のものである。現世を超える玲瓏とした永遠の美の李白と、大地と共にある生活の苦悩の中の誠実と人類愛の杜甫は、近代のドイツ中心の音楽のモオツアルトとベエトオベン、同じくフランス中心の絵画のセザンヌとゴッホの偉大な先駆者である。

 

 宋、元時代中心の絵画の、王維、董源、巨然、荊浩、李成、笵寛、郭キ、許道寧、王蒙等の大家達の尊厳な悠遠な作品は、東洋絵画の源流であり古典である。
 彼等の中国絵画を受容した、日本の雪舟、雪村、友松、永徳、等伯、光琳等は、日本の国土の中で厳然とした独自なデッサン(線)の絵画を創造した。

 

 インドには、ヴェーダとウパニシャッド、マハーバーラタとラーマーヤナの広大無辺な想像力と神秘で幽遠な宗教的思想がある。梵我一如、輪廻、業、解脱、涅槃の思想である。

 

 近代においては、ラーマクリシュナはヒンドゥー教の奥義に悟達し、更にイスラム教とキリスト教の神まで感得した普遍の宗教的天才である。其の美と愛の化身のラーマクリシュナの最大の後継者で弟子のヴィヴェカーナンダは、神の教えを世界に伝道する道徳的廉直の剛毅な行動の人である。

 

 ガンジーは慈悲と、非暴力、非武力、非服従、無抵抗の抵抗の政治的行動のインドのキリストであり、タゴールはギーターンジャリの詩聖である。

 

 インドの諸思想の中でも佛教は、南アジアへ、それと中央アジアを通って中国へ広まった。
 南アジアへ伝わった佛教は、釈尊に倣って出家し、瞑想の精神集中によって、個人が法=真理(無尋無伺)を見出し、ニルヴァーナの境地に達する聖道自力の修道の教えである。

 

 インドから中国へ伝わった佛教は、個人が瞑想の精神集中の修練をして悟りを得るよりも、釈尊を絶対超越的な救済者として信仰し、佛陀の慈悲と智慧によって救済されるという、在家の衆生のための教えである。ただし、菩提達磨から始まる禅は釈尊の本来の修道形態を受け継いでいる。

 

 大乗教典(華厳、槃若、浄土、法華等)は釈尊滅後数百年の長い時を経てインドと中国で芸術的に創作されたもので、釈尊が直接説いた教えではない。
 しかし全く架想の創作ではなく、釈尊の精神の中に本来的に内在していたものを外在化し表現するという、後世の人間の仕事であることは間違いがない。
 このように、インドから中国へ伝わり広まった佛教は、中国の道教や儒教の土着思想に同化して、中国独自なものになった。

 

 中国の佛教は、直接又は朝鮮半島を経て日本へ来て、上記のアジア各地の思想の精髄が集約され一層濃密なものとなった。その帰着するところが鎌倉時代の浄土思想と禅思想と法華思想である。

 

 鎌倉時代の思想家の仕事には、佛教――法然、親鸞、一遍等の浄土思想と、栄西、道元等の禅思想と、日蓮の法華思想――による、絶対超越的なものへの信仰と一切衆生救済の、宇宙的、人類的なものがある。
 彼等は自らの佛法の思想と信仰において、断じて天皇や将軍の権力や既成の大教団の権威に妥協しなかった。そのために弾圧を受け、法然、親鸞、日蓮等は流刑になり、道元は避地へ逃れた。
 道元は日本国の権力を軽蔑して高貴に超然とした。日蓮は権力に義憤し佛法(法華経)があらゆる権威に超越し、鎮護国家のための佛教ではなく、佛教のための国家であるとした。

 

 奈良から平安時代は、天皇と貴族の鎮護国家佛教であり、民衆参加と救済の佛教ではない。南都(奈良)六宗は元より、平安時代の最澄の天台宗と空海の真言密教も、未だ現実の日本の大地の実在と民衆の生活の現実から離れた観念的な教学佛教である。(一般人の教育などの社会事業をしているが)

 

 佛教と儒教の朱子学は、徳川時代には幕府の権力に取り組まれ(キリスト教弾圧と寺請け制度)、個人の信仰と道徳の主体性を失い、封建体制に順応し同化するものとなった。そうして神道、大和心(和魂)、武士道、国学などの土着の日本的なものと関係し合い共存し、融合し、時には対立し一方を排斥してきた。(明治政府の国家神道の廃仏毀釈)

 

 明治以後今日までの日本の芸術文化は、主に西洋と米国の模倣と追従の域を出なかった。
 しかし此れからは、日本の自然の大地と、人間の生活と、宗教的芸術的精神伝統に深く根差した、独自で普遍的で人類的な作品を創造しなければならない。
 先ず日本の自然の大地の実在に即して自己を見出すこと。
 歴史的古典的風土の中で芸術の修業に努め励み、自己の思想と信仰を確立すること。
 古代から近代までの日本の土着思想、文化と、外国からの思想、文化の交流の歴史を根本から知ること。
 同時に、アジア、ヨーロッパ、アフリカ等の大陸思想、文化の源流から学び取ること。
 此れらのことが自己の芸術の仕事の深まりと広がりのために必要である。

 

 私が近代の西洋の芸術家や思想家の仕事から学ぶものは、彼等の神・個人・人類の思想である。日本の芸術家の私の西洋の芸術家や思想家への共感は、同じ地球人類だからであって人種、民族、国家のちがいは問題ではない。
 東アジアの島国の日本は、個人の確立が弱く人類的な仕事は盛り上がっていない。
 ただし奈良時代から鎌倉時代までの思想家の仕事や芸術の作品には、佛教による普遍的人類的なものがある。
 私は近世から近代のヨーロッパの巨匠達や、我国の奈良時代から鎌倉時代までの巨匠達のように、理想と念願があるモニュメンタルな芸術作品を創造しようと思っている。

 
 

 日本の歴史の中で超越的世界宗教が現実の生活の中で実践されたのは、鎌倉時代だけである。鎌倉以前も以降も日本の宗教は国家や地域や家のためのものであり、個人のためのものではなかった。個人の自立がない群の文化、道徳、宗教が現代まで続いている。

 

 日本人は兎角、権力に抵抗して社会を改革する意志が弱く、体制に順応同化する自己保身(長いものには巻かれろ)の集団(群)主義的な国民性をもっている。

 

 現代の日本は平面的で、立体的視力と聴力が弱く、大地的、人類的自覚と実感が乏しく、偏狭で国粋主義的な思想や信仰や、独創性を欠く模倣的で部分的な文化芸術に落ち込み勝ちである。

 

 これからの日本はアジアとヨーロッパとアフリカの大陸の、人類の文明の源流から出た、多民族の交流がある、地球の大地の広がりと、実在性と、超越性を摂取することが大切である。

 

 そうして日本の大地から出た民族の生命と霊性と、日本人の底力と堅固な実在感のある精神と、東洋の日本人に西洋人とは異質の深さがあることを知り、更に大和心の平和と寛容と愛、大和魂の勇猛と力、武士道の義侠心と真剣で純潔な精神(剣禅一致)を自覚し、それを芸術の仕事で示し、地球人類の中に伍して活動することが肝要である。

 

 古来神道は超越性をもたず、島国の日本だけの地上的、現世的な土着の神である。それがインドや中国の大陸の佛教や儒教の超越性彼岸性をもつ思想を受容して、神佛儒習合の形に変化してきた。今日の神道は、更に普遍的人類的な世界精神があるものに、変化し発展することが肝要である。

 

 私は、ギリシャ神話と、哲学思想(ソクラテスと弟子プラトン)と、造形芸術がもつ現世肯定と理想精神と科学的知性。ヘブライ思想の絶対超越的唯一神、キリスト教の現世否定と復活の終末説的世界観。このギリシャ思想とヘヴライ思想の両方から成る、西洋思想と文化から多大なものを学び、其れを尊重してきた。

 

 そうして、西洋の人間中心の思想が到達できなかった、東洋の自然中心の芸術思想、宗教思想――草木山川大地悉皆佛性、森羅萬象悉有神性、一切衆生全人類平等覚知――を、自己の六十年間の自然に即した日々の制作の、実在の真理、真実、美の探求によって、持つことの決定に達した。

 

 シルクロードの終着点であり、唐の長安(現在の西安)の都をモデルとして造営された平城京と平安京。

 

 日本の歴史的古典的風土の京都の市中にある此の美術館から発する芸術文化活動は、人間の宗教的芸術的精神伝統――芸術と宗教の諸々の偉人、聖人、天才達とその作品――を傍観せず、各人にとって自分自身のことでありたい。人間の宗教的芸術的精神伝統と、今日の人間が一体となって、地球の自然の大地に根ざし、人間の生活の現実に立脚して、現在に生き未来を開く、独特で新しい世界精神の芸術と宗教を創造する場でありたい。

                           

               2005年12 月

 
 
 
 
 
 

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