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マリー・キュリー。


       マリー・キュリー。



         エーヴ・キュリー。
         キュリー夫人伝より。


 

 前略
…私は、この書を読まれる方々が、母の生涯の外面的な波瀾の下に、キュリー夫人に在ってはその事業やその生活の輝かしさ以上に珍重すべきもの、即、確固不抜の性格を読み取られるように希望する。それはつまり、理智の不撓不屈の努力であり、凡ゆるものを与え、何物をも取ることも受けることさへも知らなかった自己犠牲の精神であり、最後に、どのような目覚しい成功も、不運逆境さえもその異常な純真さを変えることの出来なかった魂である。
 このような魂を持っていたればこそ、マリー・キュリーは、世の常の天才が華々しい名声から引出すことの出来る利益を遠ざけて何等の痛痒を感じなかったのである。
 
 彼女は世間が彼女に望むような人物であることを迷惑に感じた。天性我儘と言おうか、無欲だった彼女は、稍もすれば名誉を贏ち得た者が示しかねない態度の一つを、馴れ馴れしい態度とか、うはべだけの愛想のよさとか、わざとらしい厳格さとか、見てくれがしの謙遜とか、そういうものの中のどれをも身につけることが出来なかった。
 彼女は凡そ有名人たるの術を心得なかった人である。

 

 中略
 アインシュタインが、「キュリー夫人は凡ゆる知名人の中で名誉に依って害はれなかった唯一の人である」と言ったこの永遠の学徒を、第三者の立場に立って、その汚れなき、水の流るる如く自然な、殆ど自らの驚く可き宿命を自覚しないかのような生涯を辿りつつ描き出すために、私は作家の資質の足らぬことを遺憾に思う。

 
 
 
 
 
 

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